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セルフフォト

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    季節、折々の記念撮影、、。

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2018年12月10日 (月曜日)

独り言、、百年ほど昔の戸籍謄本・に・??

両親の出会いは、見合いの時だっと、かつて、母から聞いた。 母の実家で、父は見合い相手に会うはずだったのだが、その見合いの前に、学校から帰ってきた女学生を見かけて、一目惚れしたという。 それが母だ。 見合いより、あの娘、と、父が祖父に気持ちを伝えると、まずは娘が卒業するのを待て、と言われたらしい。 そして、女学校を卒業するのを待って結婚した。 いや、母に言わせると、結婚・さ・せ・られた、と、笑っていた。 母には複雑な思いもあったそうだが、とにかく、女学校を卒業したばかりの娘と、それまで毎月のように遊びに来るようになったひと回り以上も年の離れた中年男との夫婦ができあがった。 そのせいだろう、「父さんはいつも優しかったよ」母は、よく、そう言って笑った。 その母も、先の10月に他界し、 ささやかな遺産だが相続の手続きのため、母の死亡時から出生まで遡って戸籍を取り寄せる必要があった。 母の実家は静岡県、本籍はそこにあり、出生も同じ、、従って、一つの戸籍を取り寄せるだけで、簡単に済むと思っていたが、役所の担当者が<但し書き>を添えてくれた。 それによると、<母の出生時の戸籍は愛知県にあり、そこから現本籍地へ転籍しているので、転籍前の戸籍が必要>との事だった。 これは、僕の祖父が筆頭者・戸主となった当時の戸籍まで遡る必要が生じたという事だという。 百年近くも前の戸籍、、僕は歴史を遡るに似たときめきを感じた。 なぜ父が母の実家で見合いをする事になったのか、、父と母の実家とは、どんなつながりがあったのか、それらの事情を知る者は、僕の周囲には誰も残っていない。 ただひとつ、手掛かりが見つかった。父の本籍地も愛知県、、古い住所表記によると、、父と母、共に実家は、かつて、同郷だったのだ。 母の本籍地の役所から届いた古い戸籍謄本の写し、、それが教えてくれた。 さて、その先の戸籍に、どんな発見があるのか、、、楽しみだ。

2018年12月 2日 (日曜日)

ぼくの写真日記#1090、、 洗濯、、。

17年前に父が他界し、母が一人で暮らしていたここへ、僕が移ってきたのは13年前。 その後、一時期、数年、脳梗塞で倒れた弟が一緒に住んだ。 家事は僕の担当だから、その頃、洗濯は一日置きにしていた。 弟が他へ移り、母が寝たきりになると、洗濯は週に二度になった。 そして今は、僕一人になり、洗濯物の量がまた、減った、、。
今日は日曜日・・起きて、ワンコ散歩に行き、、洗濯機をセットして、、朝の買い出しに出る。 帰って、買った品物を整理し終え、さて洗濯物を干そうとすると、、あれ・・・? 洗濯機のスイッチを入れ忘れてたかぁ〜?? いや!!何度操作しても、、無反応。。 うん、とも・・すん、とも・・言わない。。 さては、壊れた〜?!?!!
家電にも寿命があるとしたら、、母と暮らす前からあった洗濯機です、、思うに、、優に15年以上働き続けた、ということになります。 こうなっても不思議はない。と思いつつ、、とりあえず、風呂の残り湯で、、洗濯を済ませ、干した。 一人暮らしを始めた学生時代以来、、腰にくる手洗濯でした。。(大笑い・・)

さて、買い換えはどうする。 何年か前、冷蔵庫を買い換えた時は、行き慣れた家電量販店に行って、実物を前に検討して決めた。 それが自分流のやり方だった。 今回は、ネットで検索し、下準備するのも悪くない、と考えた。 あちこちのサイトを見ると、、おぉ、、一万円台から一つ上の桁まで機種は色々だ。 今は一人暮らしに戻って、洗濯物の量は大したことはない。 するとこの辺りの機種でいいのかも、、。 ただ、風呂場で手洗濯も、さして苦にならなかった、というより、昔を思い出して懐かしくもあった。 うん、、しばらくは、、手洗濯を楽しむ事にしよう。。 まぁ、買い換えは、その後でも良いだろう。。 なぜか、ニヤニヤ、、。
20181202_121135ワンコ散歩での事、、小川沿いの桜並木、、ソメイヨシノはすっかり落葉してしまい、それ以外の桜の葉が色付き、舞い落ちている。ここの桜並木には品種は不明だけれど、何種類かの桜が植えられていて、隣同士でも、葉が赤だったり、黄色だったり、紅葉の様子が違っている。 もちろん、花の季節、花びらの色、大きさ、咲き方も、それぞれ違っているので、当然なのだろうが、、。

2018年11月26日 (月曜日)

ぼくの写真日記#1089、、 相続手続き、と書類??

遺産相続・・
資産家のお宅では、テレビ・ドラマの題材になったりして、大きな問題なんだろうけど、
01_2 うちの様な慎ましい家では大した事はない。そうたかをくくっていた、の・だ・が、、大きな間違い。。 勘違い。。 遺産相続の諸手続きは、お役所が相手、国民皆平等に大変なのだと思い知った。 だからこそ、司法書士なる先生がいて、依頼すれば、全て代行してくれ、拍子抜けするほど、こちらの手間が省けるらしいのだが、、好奇心と知識欲の旺盛な僕としては、この煩わしさ・面倒くささ、、どんなものかを体感してやろうと考えてしまった。 あぁ、後悔先に立たずだが、スタートしてしまったからには、ゴール目指すしかないのです。 それにしても、「司法書士はどこの先生に・・?」と何度聞かれたことか。 、、いや、自分でやってみようかと・・そう返事した時の相手の反応の微妙さの意味が、、もうわかってしまった。。 「大変ですね〜。でも、お手伝いしますから、頑張ってください。」と、、一週間ほど前、法務局の支局を訪ねた時の担当官、あの最後は、励ましの笑みだと信じよう、、。
あの日、管轄支局を訪れ、局内の案内を頼りに受付窓口へ、用件を伝えると、予約申込書なるものに記入を求められ、「今日でしたらXX時からになります」と3時間後を告げられた。 ロビーで3時間待つのも能がないし、一度帰宅して、改めて出向くことにした。 予約時刻10分前にロビーで待機、、名を呼ばれたのは、その40分後だった。 対応してくれたのは、ベテラン職員と思しき男性。 要点を的確に質問してくる。 こちらが、状況をきちんと説明しようとすると、、「それは結構、では、こちらから質問します。何々は?」とピンポイントの回答を求めてくる。 いつの間にか、ハイ・いいえ・それはこれ、と言った様に端的に答える様になっていた。 今回、僕の場合、2種類の<遺産分割協議書>が必要な事。 被相続人の戸籍関係書類様々。 被相続人と相続人との関係を示す書類等々を揃えた上で、登記申請書に他の必要書類を添えて提出する、のだそうだ。。 まずは、遺産分割協議書。 登記の段階になってから、書面の不備が見つかっては、やり直し、大きな無駄になるので、署名捺印の前に、書面を確認しましょう。という事になった。 今日はそのために、支局へ行く。 もちろん、予約時刻の10分前には着くつもり。。
法務局の予約は午後3時、、2時半前に着いてしまった。 ところが、〜〜さん、いらっしゃいますか? と僕を呼ぶではないか。 返事をすると、 〜〜XXさん? と確認され、 ハイ!と応える。「予定より早いですが、、」と、相談開始。 僕が用意した二つの書類、それぞれに不備が見つかり、要訂正、、それを直せば良いという事に、、。 3時半までの予定時間ギリギリまで、書類、手続き等、登記の疑問に、丁寧に答えてもらえた。 はい〜〜、、勉強になりました。 明日、また予約を取って、行ってきます。

2018年11月16日 (金曜日)

ぼくの写真日記#1088、、 このところの朝、、

<ワン・・> アン♡の声だ。少し離れた所から、控えめに聞こえる。また、呼んだ。 首を回して、声の方を向き、うっすら目を開けた。目が合う。<目が覚めた?> 短いしっぽを細かくふって、<ねぇ、そとぉ、いこうよぉ〜> そう訴えてる。 何時だ? あぁ、6時半かぁ、、正確だ。 無視して、このまま、ウソ寝を決め込むと、すぐそばに寄ってきて、ベットの耳元を前足でガリガリ、、それでも無視を続けると、前足が肩先に侵攻してオイオイ! 同時に、鼻を頬に押し付け、ダブルで催促してくる。 まぁ、いつもは、その前に、わかったよぉ、と手で制する。 気分が乗らない日もあったりして、もたもたしてると、<はやくしなよぉ〜>と言わんばかり、制した手をペロペロ舐め、両前足をベットにかけて立ち上がると、首を伸ばし、大ジャレ付き・大催促となる。。 もう逃げられずに上体を起こすことになる。 ここで、それまで、我関せずと足元で丸くなっていたクー♠︎が、ピョンと飛び降り、アン♡の後ろに付く。 わかったよ!着替えるから待て。そう言ってベットを離れる。着替えてベットを見ると、お二人さん、揃ってベットで丸くなっている。 ほら、行くぞ・・揃って飛び降りると、まっすぐ玄関へ。げんきんなものだ。。  アン♡は、ベットの左側、僕の腹の横辺りに潜り込んできて、丸くなって寝る。 そして、このところは、毎朝この調子で起こされてる。 さて、朝のワンコ散歩だ。
Img_0735
朝の富士(ただし昨日)それにしても、スマホのカメラ機能は進化した。10倍ズームでこの画像だ。前の夕焼けのノーマル画像と比べるとよくわかる。

2018年10月30日 (火曜日)

ぼくの写真日記#1087、、日の入り。

今日の17時ごろ・・・陽が沈む・・・

181030a そして・・夕焼け・が・・
181030b
富士のシルエットが、浮かび上がった・・・

2018年10月20日 (土曜日)

独り言、、10月16日と17日、、母、そして僕のこと。

17日、昼を過ぎた頃、次女から連絡が来た。
「パパ、久しぶりに、夕飯、一緒しない!!」 食事の誘いだった。
カレーならあるよ。と答えると、「パパのカレーもいいけど、外で食べようよ。」
「途中から連絡するから、、」と、駅で5時に待ち合わせる事ななった。
約束の時刻の30分弱前、家を出る。駅まで徒歩15分程、、改札口で待つ。

娘と外食、、なんだかんだと話が弾んで、すぐに2~3時間は過ぎてしまう。
そのため、なかなか時間が取れず、前回は昨年の暮れ、母がペグの交換とレスパイトで入院時にチャンスがあった。 二人の孫嬢を加え四人での食事だった。 今回は次女と二人。僕に気を使ってくれての事のようだ。

改札口の横で待っていると、「もうすぐ着くよ」と次女から。改札口に居るから、と返事、、すると「どっちの改札口?」と聞き返してくる。 おお、そうか、改札口は沢山あるから、見逃さないように、と冗談を返した。 ここは高架線になって、駅舎も一新され、大きな中央改札口が一箇所になったが、それ以前はホームを隔てて北と南それぞれに改札口があった。 次女はその事を言ったらしい。ただもう15年も前のことだが、、。
改札口から見える階段とエスカレーター、、人の波が降りてくる、、おっ、次女も気づいたらしい、大きな笑顔で、こちらに手を振っている。 駅舎だけでなく、駅前の変貌ぶりに驚く娘と一緒に駅を出る。 さて、食事はどこで、、と言うか、、周辺の繁華街に、飲み屋・食事処は沢山あるのだが、、僕はこの辺りで外食した事がないのだ。 とりあえず、駅前の複合ビルの二階、とんかつの店に決めた。 夕方5時を過ぎたばかり、夕食時には早く、店内は空いていた。奥に案内された。落ち着いて長居できそうな席だ。注文を済ませると、早速、「で、どうだったの?」と娘が口火を切った。

僕は、前日16日夕方6時過ぎからの母を話し始めた、、。

栄養剤を温め、ペグにつなぐ。 ベットの背を40度少しに傾斜させ、ベットの高さを調節してから、ストッパーを緩めて、45分程かけて栄養剤を落とした後に、薬と20cc程の水分を与える。 母の静かな食事風景、と言ったところだ。 その後、ゴボゴボとタンが絡んだのだろう、喉が苦しそうだったので、10分程かけて、様子を見ながら、タンを吸引した。 落ち着いて目を閉じている母の様子に、、安心してベットから離れ、自分の机に、、。 この時、7時頃 ここから、10時過ぎ、介護スタッフが来てくれるまでの間、多いときには、1時間おき位の割合で、タンの吸引をするのだが、、この日は、8時過ぎても穏やかだった。 様子を見に行くと、、口を半開きにして、、いつもならタンで、喉をゴボゴボ言わせるのに、、静かだ、、が、それが、、変だ。 表情が無い、、。 口元に顔を近づけてみる、、息を感じない、、。 胸に手を入れる、、 鼓動を感じない、、。 やはり変だ!!! 診療所の緊急電話に連絡。。 担当看護師さんが出てくれた。 状況を説明する。 宿直の医師が駆けつける手配をしてくれた。 次に、ケアマネに連絡、、現状を伝えると、訪問看護師さんに連絡し、すぐ来るとの事。 8:20 ケアマネ到着。 続いて訪問看護師さん、心臓マッサージを試みる。 診療所の医師到着。。 診察の後、、僕に尋ねた、、「今出来る事は、救急車を呼んで救急病院に搬送することがひとつ。 そこで上手く取り止める事ができたら、現状では、救命装置に繋がれて維持されることになるだろう。 あるいは、救命できないと、警察に移管されて、死因解明のための処置がされる。 もうひとつは、このまま、自宅で看取るか。 どちらに決めるのは、家族の息子さんです」と。 しばらく考えた後、「このまま、看取る」と結論した。 医師の先生は、胸に聴診器を当てて、しきりに心臓の様子を確認しているようだった。そして瞳孔を確認すると、腕時計を観て「午後9時35分、です」と一言。  母が、92歳の生涯、幕を下ろした。 
医師、「戻って書類を、、」「明日、朝9時にはいただきに、、」と僕。 看護師さんの指示でお湯を沸かす。ケアマネと二人で、母の体をキレイに整えてくれた。 僕は、新しいパジャマと浴衣を用意した。 パジャマを着替え、浴衣を掛けられ、、母は穏やかに深く眠っていた。。 僕は病院の献体の会に連絡した。折り返し担当医師から連絡が来て、そこで、母の引き取りの日取りが決まった。 その旨を、ケアマネと看護師さんに伝え、介護スタッフへの、明日以降の手配をお願いした。 二人が帰った後、次女と三女に連絡した。 一時間程して、三女が夫君とお別れに来てくれた。 次女は、子供の用などで、献体の引き渡しまでに間に合わないと言う。
翌朝、17日、あれして、これして、これ、済ませて、って、頭の中で整理して、9時に診療所へ向かう。主治医を務めてくださった医師に挨拶をし、看護師さん達にお礼を言って、事務窓口で<死亡診断書>を受け取って帰った。 途中で、コンビニに寄り、4部コピーをとる。
帰宅して、母のベットの枕元を整理して、線香を立て、陰膳を、、。 
献体先の病院からの迎えの車を待つ。。 約束の時刻5分前に、車、到着。。 無駄のない作業・・プロだ。。 定刻の3分過ぎには出立。。左折して車影が消えるまで見送る。
「母の献体」・・僕がすべき一つの事・・終わった。
気を取り直して、市役所へ。。 戸籍係りで、書類提出、、30分待つ。。
届け出後の諸手続きのレクチャーを受ける。 いろいろ各部署で手続きが残ってる。。
市役所での行政書士の法務相談日、、飛び込みで受ける・・・
帰宅、、すごく疲れた、、4時まで、ごろ寝。
5時の待ち合わせに合わせて、家を出る。

2018年9月19日 (水曜日)

独り言、、孫達、そして僕のこと。

僕の三人の娘、それぞれに子供が二人、、 つまり、僕には六人の孫がいる。 男の子が二人、女の子が四人。 孫達の習い事、いろいろやっている・・女の子達は、吹奏楽、バレエ、ヒップホップダンス、チアリーディング、フラダンス、、 一番年下の男の子はウインド・サーフィンとテニス、、生まれも育ちも逗子、絵に描いたような湘南ボーイだ。一番年上の男子はサッカー部だと聞いているが、万年ベンチウォーマーだそうだ。そのためか、試合観戦に呼ばれたことはない。 九月になると、コンクール・文化祭・発表会等々あるようだけれど、、母の介護があって、今年は誰の所にも応援に行けない。ちょっと淋しく思っていたら、動画が何点も送られてきた。 文化祭での部活のブラスバンド演奏や、仲間と結成したバンド演奏(スピッツの曲を歌ってる)。 ヒップホップダンス、チアリーディング、フラダンスの発表会の演技の様子。 バレエ発表会の衣装での写真。 久しぶりに見る孫達、、成長していて大人びて見えた。。 了解を得ていないので、ここにアップできないのが残念だ。
母が脳梗塞で倒れたのが一年半前。 意識レベルが低く、寝たきりになった母を在宅介護で世話をする事になって、一年二ヶ月が過ぎた。 医師の話では、緊急を要する容態ではないが、高齢でもあることから、<誤飲性肺炎><尿路感染><褥瘡・床擦れ>に注意するようにと告げられている。 誤飲性肺炎の予防として僕に出来る事は<タンの吸引>だ。 経管栄養の直前とその前後1時間頃に吸引する。 またゴボゴボと苦しそうな時は、その都度、吸引するが、最近はその頻度が増し、1時間おきにする日が増えた。 吸引の効果が出て、落ち着くと静かに寝入ってくれる。 唯一、ホッと出来る時間だ。 ただ、二時間もすると、またゴボゴボと始まり、吸引の繰り返しとなる。 尿路感染への対処は陰部の洗浄だが、、日に二回、オムツ交換の際にヘルパーさんの手を借りている。 褥瘡・床擦れの予防には、三時間を目安に体位を入れ替え、重心の移動をさせる。 これについては、すでに二度、褥瘡を作ってしまった苦い経験がある。 おかげで、僕なりの工夫を試しながら、対処している。 そんなこんなで、朝、昼、夕、三回の経管栄養時を軸に、ほぼ3時間おきに様子を見るのが習慣になった。  早朝3時に一度起きるのも、このためだ。            
九月になって、ジャズ・サックス教室の真文先生から連絡をいただいた。 「もう皆んな、発表会の準備に入ってるけど、、どうしますか?」と先生。。 あぁ!! すっかり忘れていた。 毎年、11月の初めに教室の発表会が催される。6月には準備を始めていた、、。 わぁ〜、どうしよう。。 かれこれ、1年もレッスンを欠席している僕に、先生はやさしい曲を用意して、楽譜を送付してくれた。 演奏が上手くない事は目をつぶってもらえるとして、問題は、時間的余裕だ。 レッスンを受けたいし、合同リハーサルにも出たいし、当然、当日、時間を取れるか、、。 ケアマネージャーに相談して、支援のやり繰りを相談してみた。 数日、ケアマネも手を尽くしてくれたが、いろいろな人にしわ寄せがかかって、結果は、かんばしくない。 やっぱりダメかなぁ、、とはいえ、、19回目の発表会、、今の段階では、、参加したい、の意思で、練習しています、、という事で受けてもらおう。。 次のレッスン日に先生に会って、気持ちを伝えようと思う。

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