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2012年11月24日 (土曜日)

ぼくの写真日記 #625、、、

どんよりとした曇り空、、それでもウォーキングの仕度をして、家を出ると、ポツポツと、、おいおい、雨だよ、、 午前中降ったり止んだりの予報は聞いたけれど、、出鼻をくじかれました、、 止むのを待って、トイレ散歩に切り替えです。
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とはいえ、少しでも走れるよう、、
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ちょっとだけ足を延ばして、隣町の児童公園へやってきました。
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天気の良い日には、近所の保育園児達で賑わう場所です。
121124055 大きなイチョウが色付き落葉始めています、、。
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この児童公園は、小川の管理境界の少し先、、
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小川沿いでも秋の風情が色濃さを増しています、、。
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深くて豊かな秋の色彩が気に入っています、、。
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明日、天気が良くなったら公園に行きたいね。紅葉がすすんでいると思うんだ。

記憶に残っている懐かしい母の思い出、、小学三年の頃と、中学一年、そして高校生の時。 小学校の教室、黒板の横、母が弾くオルガンに合せてクラスの児童全員で歌った、、なぜ母がそこにいて、どんないきさつでそうなったのかは、全く記憶はないのだが、一枚の写真のように記憶に残っている母が居る。 中学一年だったと思う。これは映像として頭に残っている。 母は小型トラックを運転し、僕は助手席ではなく、なぜか荷台に乗っている。 青い空、白い雲、風を切って街中を走る爽快感が記憶にある。 銀座、新宿、日本橋、青山、渋谷、池袋、東京中の繁華街、裏道を走り回り、燃料を配達していた。 荷台にはコークスが詰められたカマスが山のように積まれていた。一袋50kgだったと記憶しているが確かではない。 客の燃料置き場まで担いで運ぶ、要領を掴むと意外に運べたのだ。母と一袋ずつ担いで付いて運んだこともあった(女、子供が担いだのだから、もっと軽かったのかもしれないが)。午前中に出て夕方帰って来る。午前午後二度に分けた日もあった。この記憶は学校が休みの日の家業の手伝いだったのだと思うが、つらかった嫌だった、という思いは一切ない、、母と一緒に働いているという嬉しさが先にあったように思う。 高校生になった時、授業参観に現れた母がクラスメイトの注目の的になった。バッサリ切ったおかっぱ風な髪型、黒いセーター、黒のスラックス、黒い靴、スッピンで、背筋はピント伸び、胸をはり、黒尽くめでさっそうと現れた。この時の母、30代半ば。 着物姿、あるいは、よそいきの服にお化粧をした他の保護者の中で、特に、女生徒には憧れの的に写ったらしい。「アナタのお母さん、ステキ!」こんな言葉に気分良かった。 それらが僕にとっての母のイメージになった。 ただこれが最初で最後、卒業式に親が参列した記憶は無い。 それ以後、心に残るのは、仲間、友であり、ガールフレンドで有り、これといった母の記憶は薄らいでいる。 僕は男ばかり四人兄弟の長男です。父、母からともに特に目を掛けられ育てられたと認識しています。 弟達は大きい兄ちゃんは特別、と認めてくれていた。 それは、この歳になっても変わっていない。 弟達に感謝している。が、僕の知らないところで親子関係の摩擦を生んでいた。(総領の甚六だと悔やむでも遅いのだが、、)特に今入院している弟に大きく影響していると、脳梗塞で最初に倒れた後になって知った。  

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